人生は彫刻みたいなものかもしれない

Sculpture
日々の呟き

こんちは。すみれです。

 

最近自我について色々情報を集めてて思ったんです。

「人生は自分という彫刻を掘っていく作業みたいだな〜」って。

 

人って生まれた時自我が無いわけじゃないですか。

ここでの自我ってのは自分と他人の境界線が無い。いわゆる「私は〇〇な人です。」といったアイデンティティが無いって事です。

 

それが成長するにつれ、生まれ持った性質や才能、人や環境を材料として、「好き・嫌い」「得意・不得意」など振り分けをしていって、死ぬ時に自分や周りから「〇〇な人」という形になる。

 

これって今まで私がもっていた概念と真逆なんですよね。

 

今までは、好き・嫌いも超越したものになっていく、付け足していくアートのようなものだと思っていたんです。

だから、すべて一通りできなければならないとか。悟りを開き欲もなく生きることを目的とする事が正解だと信じてたんです。

 

でもどちらかというと、もうすでにたくさんある中から、削ぎ落として磨き上げていくイメージが最近はしっくりきてるんですよ。

 

というのも、私の周りのキラキラした幸せな人はもれなく、優秀なポンコツだからなんですよね〜。

 

その人にとっていらないものを削ぎ落としてポンコツ度が増し増しになって、そのかわり必要なものが輝いている事が、その人にとっての「楽」なんだろうなって思うんです。

 

んで、じゃあどうやって削ぎ落とすかっていうと、自分の周りにある全ての物事や人が判断材料になるわけなんですね。

 

モヤモヤするのも、ワクワクするのも、自分の心の琴線に触れるものが、アイデンティティとして残すか残さないかを決めるものなので、どんな感情も宝物なんです。

 

そう思うと、めっちゃ楽しいですよね。

 

とはいえ、これは「今」の話。人は毎瞬変化しているので、あの時モヤモヤしていたことがワクワクに変わっているなんてことはザラにあります。

 

ってことで、この記事がだれかの琴線にふれて、だれかのアイデンティティの材料になってくれたら嬉しいなぁと思っている次第です。

 

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